BTSはなぜグラミー賞を獲れなかったのか?選考の闇と新事実を徹底解明

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BTSはなぜグラミー賞を獲れなかったのか?選考の闇と新事実を徹底解明
BTSはなぜグラミー賞を獲れなかったのか?選考の闇と新事実を徹底解明
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🎵 BTSはなぜグラミー賞を獲れなかったのか?選考の闇と新事実を徹底解明

世界中を熱狂の渦に巻き込み、米ビルボード「HOT 100」で幾度も首位を獲得してきた韓国の7人組グループ・BTS。デジタルストリーミング時代の頂点に立ち、名実ともに2020年代のポップカルチャーを象徴する存在となった彼らですが、世界最高峰の音楽賞とされる「グラミー賞」の栄冠だけはついに手にすることができませんでした。

2026年現在、メンバー全員の兵役履行を経て完全体としての活動を本格化させるなか、彼らが新設された「アジアン・ポップ(Asian Pop)部門」への音源提出を見送り、事実上のグラミー賞エントリー辞退を決断したという報道は、世界の音楽業界に再び巨大な波紋を広げています。あれほどの実績と熱狂を誇りながら、一体なぜBTSは受賞を逃し続けたのか。その背景には、保守的な選考システム、商業的な思惑、そして欧米音楽界の根深い構造的問題が存在していました。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
  • 要点1:BTSはこれまで計5度ノミネートされながら、保守的な会員構成と不透明な投票システムの壁に阻まれ一度も受賞に至らなかった。
  • 要点2:授賞式では圧倒的な話題性から「視聴率稼ぎ」に利用されつつも、主要部門からは徹底して排除される構造が続いていた。
  • 要点3:2026年最新の動向として、アジア人を別枠化する新設部門に違和感を表明し、2027年グラミー賞へのエントリーを見送る決断を下した。

【BTSグラミー賞受賞できない理由】なぜ世界的大ヒットでも選考から漏れ続けたのか

世界的な大ヒットを記録した『Dynamite』や『Butter』を擁しながら、BTSがグラミー賞のトロフィーに手を届かせることができなかった最大の理由は、米音楽界の歴史が培ってきた「保守的な選考基準」と「ポップグループへの根強い偏見」にあります。大衆的人気や配信再生数、セールス実績をダイレクトに反映するビルボード・ミュージック・アワード(BMA)やアメリカン・ミュージック・アワード(AMA)とは異なり、グラミー賞は「作品の芸術的完成度を評価するプロの品評会」という建前を堅持してきました。

なかでもBTSが3年連続で候補入りを果たした最優秀ポップデュオ/グループパフォーマンス賞(Best Pop Duo/Group Performance)をめぐる選考は、彼らの快進撃の裏にある高いハードルを如実に物語っています。2021年の第63回において『Dynamite』がノミネートされた際、現地ではアジア系アーティスト初の主要ジャンル受賞への期待が極限まで高まりました。しかし、蓋を開けてみれば受賞したのはレディー・ガガ&アリアナ・グランデの『Rain on Me』でした。

翌2022年の第64回でも『Butter』が同賞にノミネートされたものの、ドージャ・キャット feat. SZAの『Kiss Me More』に軍配が上がりました。ビルボードのシングルチャートで通算10週の1位を記録したメガヒット曲であっても、グラミーの扉は開きませんでした。米音楽メディアの記者が当時報じた分析によると、多くの投票会員の間で「ボーイズグループの楽曲はプロデューサーやソングライターチームによって組み立てられた商業製品であり、シンガーソングライターのような自己表現の深みに欠ける」という旧態依然としたステレオタイプが根強く残っていたと指摘されています。

当時のメディア報道・掲載写真
【検証資料 1】当時のメディア報道・掲載写真(出典:kpopmonster.jp)

レコーディング・アカデミーの選考基準と会員構成|保守的な投票システムの壁

グラミー賞を主催する「レコーディング・アカデミー(The Recording Academy)」の選考基準と投票システムには、外側からは見えにくい強固なインサイダー構造が存在します。受賞者を決定するのは、作詞家、作曲家、プロデューサー、エンジニアなど、音楽業界の実務経験を持つ約1万2,000人から1万3,000人の投票会員(Voting Members)による記名・無記名投票です。

近年のアカデミー改革により改善が進められているとはいえ、会員の年齢構成は依然として中高年層の比率が高く、米国本土のラジオ局主導の市場環境でキャリアを築いてきた業界関係者が過半数を占めます。彼らの評価軸は「米国の伝統的なロック、R&B、カントリー、あるいはアコースティックな文脈」に傾斜しやすく、デジタルストリーミングやソーシャルメディア発信によって国境を突破したK-POPの熱量を、肌感覚として受容しきれないジェネレーションギャップが存在していました。

項目詳細・数値データ一般的な基準・相場編集部の見解・評価
通算ノミネート実績通算5回(うちポップ・デュオ部門3年連続、最優秀ミュージック・ビデオ賞など)米国外グループのノミネートは歴史上極めて異例アジア人アーティストとして前人未到の快挙であることは揺るぎない事実。
米主要チャート実績Billboard HOT 100にて『Dynamite』通算3週首位、『Butter』通算10週首位メガヒット級(グラミー主要部門候補の標準条件)セールス・ストリーミング実績は年間トップクラスだったが主要4部門からは除外。
アカデミー会員構成の偏り推定で中高年・白人男性比率が多数派を維持(改革後も一定の偏向が残存)主要音楽賞の会員は概して保守的かつ地元志向ファンダムの熱狂やSNSの影響力を「外部の商業的ノイズ」とみなす風潮が影響。
授賞式視聴率とSNS反響BTS出演時間帯にSNS言及数がピークに達し、世界トレンドを独占地上波視聴率は長期低迷傾向(800万〜1200万人規模)視聴率維持の目玉として利用されながら無冠に終わる構図が定着した。

さらに、投票者が数千におよぶエントリー曲をすべて精査することは物理的に不可能であり、結果的に「業界内の既存の知名度」や「メジャーレーベルによるロビー活動の強さ」が票を左右します。BTS所属のHYBE(旧Big Hit Entertainment)も米国内でのネットワークを急速に拡大させましたが、歴史ある米系老舗レーベルが築いてきたロビーの強固さに太刀打ちすることは容易ではありませんでした。

噂の真偽を徹底検証|「視聴率稼ぎ批判」と人種差別・アジア系排除の構造

BTSのグラミー賞落選が続くたび、ファンダムのみならず欧米のメディア論壇をも巻き込んで噴出したのが「視聴率稼ぎ(Viewership baiting)」に対する激しい批判でした。2020年代に入り、米地上波テレビの授賞式中継は若年層のテレビ離れによって歴史的な視聴率低迷に直面していました。そのなかで、世界中に数千万人の熱狂的フォロワーを抱えるBTSの出演は、主催局のCBSやグラミー側にとって喉から手が出るほど欲しい巨大な起爆剤だったのです。

授賞式当日の演出を見ても、BTSのパフォーマンスや彼らがノミネートされた部門の発表は、常に番組の最終盤まで引き延ばされました。「BTSを観たいなら、授賞式の最初から最後までチャンネルを変えずに見続けなければならない」というタイムスケジュール構成に対し、放送後には「世界中のARMY(ファン)を視聴率維持の数字として弄んだだけではないか」という不信感が世界規模で渦巻くことになりました。

同時に避けて通れないのが人種差別とアジア系アーティストへの無意識の排除に関する議論です。グラミー賞は過去にも、ザ・ウィークエンド(The Weeknd)が無敗のメガヒットを記録しながら全ノミネートから除外された事件や、ビヨンセが主要部門(最優秀アルバム賞)で幾度となく敗れ去った事例など、有色人種アーティストへの正当な評価を欠いているとして「#GrammysSoWhite(白人至上主義的なグラミー)」との批判を浴び続けてきました。

アジア系の男性グループに対しては、米エンタメ界に長年横たわる「少年っぽい」「作られたアイドル」「女性ファンだけの限定的なブーム」といった偏見のフィルターが二重に重なりました。グラミー賞の選考員たちが誇る「オーセンティシティ(真正性・本物志向)」という概念自体が、欧米の白人男性中心の価値観によって規定された極めて恣意的な物差しであったという事実は、現代のポピュラー音楽研究者たちの間でも共通した見解となっています。

活動歴および当時の関連ビジュアル記録
【検証資料 2】活動歴および当時の関連ビジュアル記録(出典:0.soompi.io)

【2026年最新の真実】新設「アジアン・ポップ部門」辞退とRMが歌詞に込めたメッセージ

こうした積年の議論を経て、2026年に至る過程でグラミー賞側が打ち出した一手こそが、「アジアン・ポップ(Asian Pop)部門」の新設でした。グラミー賞側はこれを「多様性の推進」と銘打ち、世界で存在感を増すK-POPやアジア諸国の音楽カルチャーを包括する前進だとアピールしました。しかし、当事者であるアーティストや批評家たちの受け止め方はまったく異なっていました。

それは真の多様性の容認ではなく、主要4部門(年間最優秀レコード、年間最優秀アルバム、年間最優秀楽曲、最優秀新人賞)や既存のポップ・デュオ/グループ部門からアジア系アーティストを切り離し、専用の「別枠」に閉じ込める文化的な隔離政策(ゲットー化)に他ならなかったからです。これまで英語楽曲で全米1位を獲り、欧米のトップスターと対等に競い合ってきたBTSにとって、今さら「アジア人枠」という隔離されたカテゴリーで評価されることは、自らの軌跡に対する侮辱にも等しい提案でした。

この事態に対し、BTS側は極めて毅然とした対応を示しました。報道各社の取材や関係者の証言によると、BTSは2027年開催のグラミー賞への音源提出(エントリー申請)を見送る方針を決定。新設部門への応募を事実上辞退したのです。公式SNSやインタビューを通じて発信されたメッセージには、賞レースの枠組みに回収されることを拒み、自らの音楽的自律性を守り抜くという強固な意志がにじみ出ていました。

さらにファンの胸を打ったのは、リーダーのRMが直近のステージで見せたパフォーマンスでした。RMは自らのソロパートにおいて、以下のように歌詞を一部変更して叫びました。

「僕たちは僕たちの道を行くだけ。僕たちは韓国で生まれた。だから人々は僕たちを知らない(We just go our way. We were born in Korea, so they don’t know us)」

この告白めいたシャウトは、米国の権威に認めてもらうために英語詞を歌い、過密日程のなか現地プロモーションを重ねてきた彼らが、最終的にその旧態依然とした扉の狭さを直視し、自らのアイデンティティを再定義した瞬間として世界中に拡散されました。グラミー賞という他者からの承認を必要とする段階は終わり、自分たちの歩んできた歴史そのものがすでに正当な証明であるという宣言に他なりませんでした。

【実態検証】BTSグラミー賞をめぐる海外の反応とファンの心理

この一連の経緯に対し、国内外のリスナーや現地メディアからはかつてないほど多層的な反応が寄せられています。ソーシャルメディアや音楽フォーラム(Reddit、米Xなど)における反響を精査すると、失望を通り越して「グラミーの権威失墜」を指摘する声が支配的になっています。

米有力カルチャー誌の論説委員は「BTSがグラミーを必要としていたのではない。グラミーが世界との接続を証明するためにBTSを必要としていただけだった。彼らのエントリー辞退は、20世紀型の音楽アワードが終焉を迎えた決定的なシグナルだ」と評しました。また、海外ARMYの間でも「グラミーのトロフィーがなくても、スタジアムを埋め尽くす観衆と人々の人生を変えた音楽の価値は1ミリも揺らがない」「差別的な別枠カテゴリーを毅然とボイコットした7人を誇りに思う」といった連帯のメッセージが数百万件規模で投稿されています。

一方で、日本のファンコミュニティやネット掲示板(知恵袋、5ちゃんねる等)でも、「なぜグラミーにこだわらなければならなかったのか」を冷静に振り返る議論が活発化しています。「当時はアジア人として初めての頂点を見たい一心で応援していたが、グラミーのやり方を見ていると受賞しなくて正解だった」「賞という権威に縛られるステージはすでに卒業した」という、より成熟した受容の姿勢が広がっています。

公の場での発言・インタビュー報道記録
【検証資料 3】公の場での発言・インタビュー報道記録(出典:stat.ameba.jp)

【プロの結論】音楽社会学から読み解くエンタメの覇権争いと読者が持つべき視点

ポピュラー音楽社会学の観点からこの問題を紐解くと、グラミー賞とBTSをめぐる確執は、「欧米中心主義(ヘゲモニー)の防衛本能」と「非西欧圏からのグローバルな台頭」が衝突した必然の結果であったと総括できます。かつて英国のビートルズが米国を席巻した「ブリティッシュ・インヴェイジョン」は、同じ英語圏・白人文化の内部での循環でした。しかし、アジア発のポップミュージックが言語の壁を越え、米国市場の経済的・文化的な覇権を揺るがす事態に対し、米音楽界のエスタブリッシュメントは激しい心理的バウンダリー(防衛的境界線)を張ったのです。

ここで私たちがエンタテインメントを消費する上で持つべき判断基準として、以下の視点を提示します。

【プロの結論】受け入れるべき視点・慎重になるべき視点の判断基準

【受け入れるべき視点】:
権威ある賞の受賞歴を「音楽の価値の絶対的な基準」と見なすのをやめ、世界中の大衆とどれだけ深く結びついたか、いかに文化的なパラダイムシフトをもたらしたかという「実効的な影響力」でアーティストを評価する姿勢。BTSが築いたビルボード制覇、国連総会でのスピーチ、世界各地のスタジアム公演の歴史は、いかなる賞の有無によっても減点されるものではありません。

【慎重になるべき視点】:
「グラミーを獲れなかったからBTSは実力不足だった」「英語圏で真の評価を得られなかった」という、権威主義に盲従した言説を鵜呑みにすること。また、アカデミー側が打ち出す「アジアン部門」や「ワールドミュージック枠」といった呼称を、無批判に「多様性への配慮」として歓迎する姿勢には極めて慎重であるべきです。それは時に、本流から特定の人種を排除するための体裁の良い隔離システムとして機能してしまう危険性を孕んでいます。

【bts グラミー賞 なぜ】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:BTSはこれまでグラミー賞に何回ノミネートされたのですか?
A1:BTSは通算で5回ノミネートされています。第63回(2021年)の『Dynamite』、第64回(2022年)の『Butter』、第65回(2023年)のコールドプレイとのコラボ曲『My Universe』で「最優秀ポップ・デュオ/グループ・パフォーマンス賞」に3年連続で候補入りしたほか、第65回ではアルバム『Yet To Come』で最優秀ミュージック・ビデオ賞などにもノミネートされました。

Q2:なぜBTSは新設された「アジアン・ポップ部門」を辞退したのですか?
A2:新設されたカテゴリーが、一見多様性を尊重しているように見えながら、実際にはアジア系アーティストを主要部門から隔離し「別枠」に閉じ込める性質を持っていたためです。米音楽シーンのメインストリームで実績を残してきたBTSにとって、人種や地域によって枠をはめられることは自らの音楽的歩みと尊厳に反すると判断されたため、2027年グラミー賞へのエントリー辞退(音源未提出)を選択しました。

Q3:兵役後の完全体BTSが今後グラミー賞を受賞する可能性はありますか?
A3:可能性がゼロとは言えませんが、グループ自身がグラミー賞という欧米の既存権威に認めてもらうための活動から明確に距離を置いています。今後は賞の獲得を目指すのではなく、独自の音楽的メッセージと世界ツアーを通じたファンとの直接的なつながりを最優先する姿勢を鮮明にしており、賞レースの勝敗を超越したステージへ移行しています。

まとめ:権威の枠組みを超越したBTSの足跡とこれからの評価軸

世界的大ヒットを連発したBTSがなぜグラミー賞を獲れなかったのか――その問いを掘り下げた先に浮かび上がったのは、彼らの実力不足などではなく、半世紀以上にわたって構築されてきた米音楽賞の保守性と、人種や出自をめぐる構造的な壁でした。そして彼らは、視聴率稼ぎに利用され、隔離された部門を与えられる屈辱に甘んじることなく、エントリー辞退という形で自らの誇りとアイデンティティを守り抜きました。

権威に認められることだけが、音楽の偉大さを証明する道ではありません。2026年、完全体として再び世界へ歩み出した7人が選んだのは、誰かの作った物差しに自分たちを合わせるのではなく、自分たちの足で自分たちの道を切り拓くという選択でした。BTSが残した足跡は、既存のアワードの権威を揺るがし、ポピュラー音楽のグローバルな歴史においてすでに決定的な転換点として刻まれています。 (出典: bts グラミー賞 なぜ(Yahoo!ニュース)